僕が初めてウエストハムのホームであるブーリン・グラウンドを訪れた時、キャロルは7月のやわらかな日ざしの下に 頭を投げ出してロングボールを機械のようにゴールに流しこんでいる最中だった。

「このゴールの優れた点は、」と彼は僕に言った。

「得点と効率性が一体化していることだ」。

 芝の生い繁った広いフィールドには様々な色と形の選手が集まり、 芝生に転がる白いボールを懸命に追いかけていた。バルセロナでは時代遅れとされるような練習が当然のように行われている、まるで軍隊の演習場のような雰囲気のグラウンドに着いた僕に注目するものは意外にもほとんどいなかった。彼らはまるで目の前に餌を浮かべられた魚のように、ただロングボールにひたすらに食らいついていたのだった。

「まるでアメフトだろ?レオ。」

  いつの間にか僕の隣に、ブエノスアイレスの気のいいスリみたいに滑り込んだマウロ・サラテが忌々しそうに告げた。彼は「メッシ世代」-そう呼ぶのは自分では気恥ずかしいがーと呼ばれた年代の一員であり、実際何度か世代別代表で顔を合わせたことがある友人だった。彼はまるで我儘な子どものような癇癪持ちなドリブラーで、なんとなく僕らアルゼンチン人のドリブラーにとっては「あそこまでは好き勝手やっていいんだ」という何か基準のような選手だった。ヨーロッパには結局馴染めなかった彼だが、中東や南米では十分な実績を見せている。僕はひとまず笑顔を顔面に貼り付けると、「久しぶり」と答えた。バロンドールの授賞式みたいに上手く笑顔を作れているだろうか、昔からの知り合いであるマウロに作り笑いが気付かれてないかどうか、それだけが少し不安だった。ただ、ラッキーなことにマウロはそのプレーのように、人よりも少し鈍感なようだった。彼は続けた。

「でも、ここは金払いに関してはそこそこなんだ。俺が前いたイタリアの名門クラブなんかとは違うさ。なんだかんだで来シーズンの給料もちゃんともらってる。だから二人でたっぷり楽しもうよ。」

 サラテは脚を上げて、前衛的なデザインのナイキのスパイク・シューズを脱ぎ、ピッチにころんとセクシーに転がした。

 「ねえ、わるいけどそれは出来ない」と僕は言った。

「どうしてだよ、お前ロングボール信者なの?」

「いや、そうじゃない。そうじゃなくて、僕のなんかで変な塊みたいなものがあって、なんだか苦しいんだ。 だから君と楽しくプレーするわけにはいかない。多分今の僕じゃ君のダンスパートナーになれないよ」

「やろうよ」とサラテは単純に言った。

「気持ちいいよ、南米サッカー」 僕にはよくわからなかった。

「おい、餓鬼共。集合だぞ」

 乱暴に僕らの背中を叩いて、名もないアシスタントコーチがいつの間にか出来たチームの輪の中心へと走って行く。ゆっくりと立ち上がると、サラテが僕に耳打ちする。

「あいつの給料、俺らの何分の一だろうな」

 くだらないジョークが、なんだかアルゼンチン代表の練習場を思い浮かばせるようで、僕は少し笑った。久しぶりに笑ったような気がした。でも、所詮ここはロンドンでしかなく、僕が恋焦がれていたブラジルの決勝戦もチャンピオンズリーグの決勝も、ジョゼ・モウリーニョの憎らしい顔を見られるクラシコも、全てはもう遠く手の届かない過去のことだ。その事実を思い出すたびに、僕はとんでもなく悲しいような、感情が抜け落ちてしまったような、そんな2013-2014シーズンの僕のバルセロナでの日々みたいなどうしようもない虚しさに襲われるのだった。あの頃僕はとんでもなく孤独で、全ての苦しみを吐きだしてしまいたいと思いながら、強い吐き気と闘う生活を送っていた。

 輪の中に遅れて合流すると、中心にはカバと人間のハーフのような体格のいい男が海沿いの岩のように佇んでいた。彼が指揮官なのだろう、ということはなんとなくわかった。僕の経験上、現代フットボール界で結果を残している指揮官というものは大体何かしら頭のネジが外れたような人間で、なんというか普通の人間とは違う空気を纏うのだ。ペップ・グアルディオラはまるで絵本の中から抜け出してきたような存在感を纏う、理想主義を纏めたような不可思議な男だったし、ファン・ハールなんて人間の嫌なところを圧縮したような存在だった。つまりはそういうことなのだ。指揮官なんて人種は、僕らのことを都合のいい駒としか思っていないし、僕らは替えが利くものでしかないのだ。誰がコーヒーを飲む時に、紙コップの種類を気にするだろう。つまりそういうことなのだ。根本では彼らはそんな風に僕らのことを扱い、良い質のものが出てくれば簡単に交代する。そんな人間が普通と違って見えるのは多分当然のことで、何も不思議はない。

 僕は何故か、バルセロナ時代のペップとの会話を思い出していた。

「最近のストライカーはみんな戦術に忠実になったんだ」 と彼は僕に説明した。

「僕が学生の頃はこんなじゃなかった。ストライカーといえばみんな守備の時は立ってるだけで 半分ぐらいは性格破綻者だった。でもときどきひっくりかえるくらい凄いゴールが見れた。僕はいつもカタルーニャの練習場に通ってサッカーを見ていた。そのひっくりかえるような経験を求めてだよ」

「そういう人たちが好きなんですね、監督は」

「たぶんね」 と彼は言った。

「まずまずの素晴らしいプレーを求めてサッカーにのめり込む人間はいない。九の外れがあっても一の至高体験を求めて人間はスタジアムに向かって行くんだ。 そしてそれがサッカー界を動かしていくんだ。それがスポーツというものじゃないかと僕は思う」

 彼は膝の上にある自分の両手をまたじっと眺めた。それから顔を上げて僕を見た。僕は彼の話の続きを待っていた。

「でも今は少し違う。今では僕は監督だからね。僕がやってるのは選手を補強してもらって優勝することだよ。そして僕はここでべつにストライカーを支援しているわけではないんだ。好むと好まざるとにかかわらず、この場所ではそういうものは求められていないんだ。 指揮する側にとっては戦術に忠実で頭のいい連中のほうが扱いやすい。それもそれでまた仕方ないだろう。フィールドじゅうがロマーリオで満ちていなくてはならないというわけじゃないんだ。それでも、僕はメッシ、君に人格破綻者のように素晴らしいストライカーになってほしい」

 やれやれ、なんて我儘な話だ。とその時の僕は思った。最近の指揮官は、紙コップの質にまで気を配るらしい。彼の言うようにその後、僕は人格を犠牲にし、多くのトロフィーで家を埋め尽くすことになっていったのだ。そういう意味では僕はペップの操り人形だったのかもしれないし、もともと僕に異常者の側面があったのかもしれない。それは僕にもわからなかった。